2023年10月30日(月)、歴史ウォーキング部の10月例会で「早稲田かいわい歴史散歩」を八巻部長の案内で行いました。この日は長く続いた猛暑もすっかり遠のき、美しい青空が広がる実に気持ちの良い秋日和でした。この企画は当初練馬稲門会第45回総会に会わせ7月9日(日)に実施する予定でしたが、天候不順のため急遽中止となってしまったのです。それだけに10月例会がこの素晴らしい天気の中でやれたのは幸いでした。
当日の参加者は21名、午後1時に地下鉄副都心線西早稲田駅に集合し、まずは戸山荘を訪れました。日本史上最大の庭園といわれるこの戸山荘(戸山御屋敷絵図添付)は徳川御三家の筆頭の尾張藩の下屋敷であった。その面積は広大で約13万坪もあり、その中には早稲田文学部も含まれる。庭園内には、当時の小田原宿をそのまま模した様な36軒の店があり、店員がいて実際の銭で買い物もできたので、当時市井に出歩けない将軍もしばしばここを訪れて買い物を楽しんだという。宿場町の大池の反対側には人工の築山があった。これは今の箱根山で標高45m、山手線の内側では最も高い山である。
次に訪れたのは穴八幡神社。 早大OB,OGならば知らいない人はモグリに違いないほど懐かしい神社だが、今回訪れてすっかり立派な社殿に変わっていました。建物も派手な朱色に変わっており、50年前の記憶とはいささか異なった印象でした。神社の入口の階段で撮った集合写真を添付しておきます。
穴八幡神社を後にして次は高田馬場へ。今では高田馬場といえば山手線の高田馬場駅付近を指すが、地名発祥の地はグランド坂上から早稲田通りの東側の小路付近一帯で、名残の馬場跡がまっすぐの道となって残っている。確かに馬場があったのだなと実感できる風景でした。
馬場跡を少し下ったところに水稲荷神社があった。1961年(昭和31年)まで現在の早稲田9号館付近にあったが、その後現在の場所に移転された。境内には同時に移転された富士塚も見られました。
水稲荷神社をさらに下り、徳川御三卿の一つ清水家の下屋敷の庭園甘泉園を訪れました。回遊式の庭園で、現在の広さは4千坪以上、ひょうたん型の池「山吹の井」や「三島山」という築山がある見事な庭園でした。だけど、参加者21名のうち園内をつぶさに見て回る人は半分足らずで、あとは長いウォーキングに疲れてか、東屋に腰を下ろして池を見ながらおしゃべりとなりました。午後4時、以上で本日の全行程を終了し、この後は楽しみの清瀧へと移動となりました。
写真提供 高嶋俊郎、 文 河井洋介
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